病気を心配する病気
私達は誰でも健康で長生きしたいと思っています。しかし無限に生きることはなく必ずいつの日か一生を終えます。この全く当たり前のことを10代では殆ど考えませんでしょう。30代、40代と年をとるにつれ思い起こす機会が増え60代ともなると健康と病気について深刻に考え、人生設計の中に織り込むようになります。 新聞を広げれば死亡欄に目が行き「あれ、この人は長生きしたなあ。」「あ、この人も亡くなったか。」とか感慨にふけります。10代ではこんな欄があるのさえ意識しませんでしたでしょうに・・・。
さて、このような加齢と共につのる極めて自然な関心事につけ込むように、不安感をあおるような多くのテレビ番組、新聞記事、広告が目に付きます。その余波は私共の診察室にまで及んでいるのは誠に遺憾なことと思います。
「次の質問中の何問が思い当たると、あなたは何とかという病気の疑いがある。」とか、「単なる頭痛の話」がしまいには「頭痛=脳腫瘍」になっていたりします。これを摂らないと健康が犯されるとでも言わんばかりの、サプリメント、ドリンク、コエンザイム等々、健康食品のすすめ・・・そんな物のない遠い昔から日本人は健康に生きてきましたよ。私だって太平洋戦争中は芋の蔓、桑の葉を喰って生きてきたのですからね。癌で入院したらどうします?・・・と明日にも癌になるような保険のC.M.、果ては飲むと色白となる薬や疲れのとれる目薬。・・・院内便り16年10月号参照・・・と、まったく際限なく私達の不安をついてきますなあ。
誰だって「健康に気配りする」「病気を心配する」のは当然でしょう。が、その気持ちが必要以上に高まり、遂にはその「心配事」に毎日が支配されている「患者」が増えているように思えるのです。これを私は「病気を心配する病気」と呼ぶのです。例えばセカンドオピニオンを求めて一ヶ所でなく二ヶ所、三ヶ所の医療機関を訪れる・・・まではまあ理解できますが、五ヶ所、六ヶ所・・・先は当院の例ですが実に十三ヶ所を回った・・・となると、もう「病気」でしょう。そのために費やされた時間、医療費は大変なものです。これは極端な例ですが、日常接する患者さんの中にはコレステロールがどうしたとか血液がサラサラとか、実に色々なことをおっしゃる。じゃ、「コレステロールって何ですか」という問いには全く答えられない。「高いと良くない」?・・では「低いとどんな障害があるのですか」?判りませんでしょう。理解するには膨大な基礎知識が必要ですから・・・そんな表面的な情報に悪乗りさせられるのは時間も労力ももったいない。あと少ししか生きる時間がない?のです。忙しいのです。少しばかりの長生きのために・・・約束されている訳でもないのに・・・喰いたいものも我慢して過ごすなんてあほらしい。いつか必ず「お迎え」が来ます。それまで「病気」に振り回されるより、その「日」まで楽しく有意義に過ごしましょう。私もお仲間に入れていただきます。
院長 菅家 元 |